ふり向けば加藤さん

わたモテ感想&考察

【考察】位置関係から見る喪140の緊張と緩和

前置き

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! 喪140 ~加藤さんは決して"マリアさま"ではない~ - ねとねとねとはのねとねと日記にて、ねとは氏が喪140のもこっちと加藤さんのやりとりを「戦い」とおっしゃられていたが、本作を読了後に私が感じたカタルシスもまさしくそのようなものだった。

ネット上ではとかく強キャラとして持ち上げられる加藤さんであるが、正直今回はかなり危なかったように見える。

それが終わってみれば自分だけでなくもこっちすらも救済してしまった。

薄氷を踏むような圧勝という矛盾。

神の御業といっても過言ではない。

このような大業がいかにして成し遂げられたのか。

水面下での動きを追うべく拙い筆をとることにした。

 

まずは表紙を御覧いただきたい。

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非常に特徴的な構図で描かれていることがおわかりだろうか。

汗をかくもこっちと涼しげな加藤さん。

二人を分断するように鉄柱が伸び、画面左側ばったビル、右側っこいビルが配置されている。

二人の緊張度合いの対比が利いている。

ここに示される左=緊張、右=弛緩という図式はラスト直前まで維持されている。

本稿ではこのような一貫された人物配置をヒントにしつつ、かともこ両者のストレスゲージに言及し、喪140におけるカタルシスの源たる緊張と緩和の振れ幅の大きさ、転換の加速度を示していく。

 

うっちー合流前

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移動中の車内で既にこの落差。もこっちの棒立ちっぷりと張りついたような笑顔(?)が印象的。

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p7のこのコマにいたっては、もこっちは珍しく内股になる程にモジモジしており、吹き出しの形もグズグズである。

手の位置も防御姿勢(スカートを掴んでいる?)のようで、車中よりも更に萎縮してしまっているように見える。

もこっちは大学概要紹介にて「私みたいなのが入学していいのか?」という引け目を感じていたが、加藤さんのキラキラエピソードから受けるプレッシャーはそんなもんでは済まなかっただろう。

「私みたいなのが」という間違った思い込みが加速したことは想像に難くない。

 

一方で加藤さんは自己の源流ともいえる大切な思い出を語ることが出来て御満悦の様子。

頬に軽く斜線まで入っている。

「単純でしょ?」という発言はもこっちの緊張をほぐす意図があったのかも知れないが、そうだとすれば逆効果である。

もこっちは女子同士のコミュニケーションの基本を褒め合うことだと思い込んでおり(p2参照)、まかり間違っても「単純でしょ?」を肯定するような返事は出来ない。

かといって面と向かって加藤さんの言を否定することも出来ない。

手詰まりである。

「素敵でしょ?」と言ってもらえたら「う、うん、そうだね!」と即答出来ただろうに。

今江先輩の卒業式では「あいさつをしなければ」という義務感と「あいさつをしたい」という欲求が噛み合っていたが、今回は完全に義務感が空回っている。

歯車が狂った機械のように身体の軸がヨレヨレにヨレてしまっている。

ここまで画面左側のもこっちが一方的に緊張し、右側の加藤さんにはまだまだ余裕がある。

しかし、この位置関係を逆転させる、加藤さんの精神を一転ピンチに追い込むターニングポイントが直後に発生する。

うっちー達の乱入である。

 

うっちー合流後

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「みんなも来てたんだねー」と感情の起伏のない返答をした直後、ロクに話も聞かず「すっ」と立ち上がり別れを告げる加藤さん。

二人きりを邪魔されたくないのか、もこっちに気を遣っているのかは定かでないが、警戒心丸出しである。

しかし、皮肉なことに彼女達の乱入はむしろもこっちの緊張を軽減する方向に作用する。

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そう、もこっちにとっては加藤さんと二人きりになるより、見知ったシンプルな顔ことうっちーが緩衝材となってくれた方がはるかに気が楽なのである。

加藤さんはさぞかし困惑したことだろう。

なにせうっちーは修学旅行を除いて公にはほとんどもこっちに接触したことがないのだ。

そのうっちーともこっちが見つめ合ったり楽しそうに会話している。

何で???

加藤さんが自分の認識と現実のズレを意識しはじめた様子が三点リーダーに表れているようだ。


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逆にもこっちは隣にうっちーがいてくれることで少し緊張が解けたように見える。

いつものように脚を開き、心なしか表情も気が抜けている。

加藤さんの姿勢にわずかな強張りが感じられるのは気のせいだろうか。

両者の位置関係は既に逆転している。

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見よ、加藤さんが汗を出している。

おそらく登場以来はじめて見せる汗を。(注:吉田さんと岡田さんのケンカを止める際に汗を流していたとコメントで指摘をいただきました)

困っているのだ。

焦れているのだ。

このモヤモヤを早く解消したいのにもこっちからは何の情報も出てこない。

それどころか、全く私見を述べないというもこっちの態度は、黒木さんは本当は別に青学に行きたくないのでは?私のことが好きじゃないのでは?という加藤さんの懸念を補強する要素ですらある。

そして、どの模擬授業を受けるのかすら自分で決めなかったもこっちに対してついに加藤さんはキレてしまう。


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加藤さんの白眼状態は悲しみの表れであるとする説もあるが、私は怒りの表情であると捉えている。

悲しんでいるならこんな強い口調で問い詰めるのは不自然である。

シンプルに考えるなら、ここでの加藤さんの心境は、やっぱり青学にも私にも興味ないんじゃないの!?という怒りだろうか。

裏切られたとすら思ったかも知れない。

ともかく加藤さんは自分のストレスに負けてしまった。

こんなこと言いたくなかったはずなのに、つい口に出してしまった。

その結果は惨憺たるものとなる。
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今度は逆に加藤さんに詰められたもこっちが

急激な負荷上昇によりパンを喉に詰まらせてしまう。

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そして、加藤さんもまたしても汗を垂らす。

蓋を開けるカチャカチャという擬音が「カチャ」と「カチャ」でズレていること、開けにくそうな手の形から加藤さんの心の乱れが伝わってくる。


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そして、問題のシーン。

加藤さんは直前まで右手で蓋、左手でペットボトル本体を持っていたが、次のコマでは両手で持っている。

わざわざ蓋を置いて両手に持ち替えたのだ。

その上でペットボトルの飲み口をじっと見つめている。

明らかに不自然な挙動である。

そりゃいくら鈍いもこっちでも「?」となるだろう。

常に笑顔を絶やさない加藤さんがこのようなリアクションをするとは…、一体どれ程の悲しみだったのか想像もつかない。

飲み口に汚れでも発見できればいくらか慰めになっただろうか。

もうこの辺りで加藤さんは色々なことがわからなくなっている。

かといってもう本人にも聞けない。

手詰まりである。

この時の加藤さんの必死さは次のコマによく表れている。

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係の人には目もくれずもこっちを凝視している。

おそらく加藤さんには既にもこっち以外のものは目に入っていない。

耳も聞こえていない。

頭の中がもこっちのことでいっぱいになっている。

しかし、どれだけもこっちを観察しても、加藤さんの悩みを解決する材料は見出せない。

せいぜい黒木さんは内さんが横にいるとリラックスしてる気がする、程度のものだろう。

ここまで画面左が加藤さん右がもこっちでほぼ統一されている。

 

交差


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やはりだらしなく脚を開いているもこっち。

これが疲れからか弛緩からか断定出来ないとhttp://netoneto.hatenablog.com/entry/2018/09/01/232326にてねとは氏が書かれていたが、それを一番知りたかったのは加藤さんだろう。

うっちーの合流前後で明らかにもこっちの様子が異なっている。

単に疲れてだらけてしまったのか、うっちーが加わったことで気が楽になったのか。


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加藤さんがそれを確かめる為に質問したのかまではわからないが、結果は後者であった。

加藤さんは友達のことについてはハキハキとどもらずに話すもこっちの性質を把握してしまう。

そして、三点リーダーを挟んで加藤さんは賭けに出るのだが、注目して欲しいのはやはり両者の位置関係である。


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加藤さんの質問ともこっちの返答に呼応するように画面が裏表に回転し、発言者が右側に配置されるように左右が目まぐるしく入れ替わっている。

まるでターン制バトルの攻守交代である。

これが戦いでなくて何なのか。

そして、何より…。


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表紙で描かれてからずっと左右に分断されていた二人であったが、左右は徐々に斜めになり、今ついに縦に重なった

どちらも風が吹いている=長いモノローグが発生しているシーンである。

この時点ですれ違っていた二人の気持ちは既に同じ方向を向いている。

最早緊張と弛緩の温度差はない。

二人とも同じぐらい必死なのだ。

全て失ってもいい覚悟で臨んでいるのだ。

今までの緊張は全てこの瞬間の為にあった。

こんなに美しい風が吹いてるシーンはなかなかお目にかかれない。

うっちーの乱入がなければ、加藤さんに過度のストレスがなければ、この風は吹かなかったかも知れない。

もこっちは普通に気疲れし、加藤さんは微妙にモヤモヤして次第に疎遠になる、という展開もあり得たかも知れない。

しかし、うっちーという逆境が加藤さんを成長させ、結果としてもこっちまでも成長させ、二人を歩み寄らせた。


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この加藤さんの笑顔は誰に向けられたものでもない。

すなわち心の底から安堵の笑みを浮かべているのだ。

文句のつけようがないハッピーエンドである。

心からお祝い申し上げる。

 

最後に

私にとってこのような緊張関係を軸に喪140を読み解く試みは、わたモテの味わい、人物の深みを更に増すためのものであった。

漫画というものは一人で楽しむものという常識があったが、それは最早過去のものである。

わたモテは一人で読んでも十分に作品のポテンシャルを引き出し切ることが出来ない稀有な傑作である。

読者と読者が互いに読み込んだ研究成果を発表し合い、意見を交換することではじめて成り立つ楽しみ。

そのような素晴らしいライフワークを教えて下さった人々には感謝の言葉もない。

決してこの火を絶やしてはいけない。

今後ともわたモテの布教に一身を捧げる所存である。(了)