ふり向けば加藤さん

わたモテ感想&考察

【感想】喪159:モテないしまだ謹慎中

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』喪159が公開されました。

まあ、続きますよね。謹慎編に入ってから撒かれた爆弾が全然回収されてませんから。「まだ半分」と嘆息するもこっちには悪いですが、たぶんあと3回は続くんじゃないでしょうか。

ていうか、もこっちもそれなりに息抜きになってると思うんですけどね。吉田さんとはずっと漫才みたいな距離感やし、扉絵も二人してモジモジくんみたいになってるし。

 


ガラ…


f:id:toraisou:20190622011714j:image
f:id:toraisou:20190622021849j:image

扉を開けたらみんながいないという状況が喪79を彷彿させますね。見比べてみると、喪79ではもこっちが読者の視点と重なるように手前に大きく描かれているのに対し、今回は風景の一部であるかのように画面奥に小さく配置されています。わたモテがもこっち主観のストーリーから群像劇に切り替わったことを改めて実感する象徴的な構図の違いです。

また、一人であることを確認した直後のもこっちの表情も年月の経過を感じさせます。(置かれてる状況自体も全然違いますが)

 

 

電話して


f:id:toraisou:20190622030132j:image

 

前回の「時間空いたら電話して」という穏やかながら焦りを感じさせる命令が「時間がある時いつでも電話してね」という若干余裕を持った許可に変化しています(「時間」に変わってるとこもポイント)。

謹慎1日目にして既に限界に達しようとしていた加藤さんの様子からすると、この態度は想定外です。夏帆の入れ知恵で文面を見直した可能性も排除出来ませんが、加藤さんが自ら色々考えを巡らせて送ったものだとしたら、それが裏切られた時の反動が激ヤバです。

今の加藤さんは24時間黒木さんのことしか考えられない状態であり、その中で無数に溢れ出る聞きたいことを凝縮して最後に残った最小限の言葉がこの6行なんですよ。『わたしは真悟』の最終回みたいな話なんです。ましてや一番伝えたかったと思われる「電話してね」が特に理由もなく拒否されたとしたら、もう生きて帰れる道理がないでしょう。

あと、pixivやTwitterにわたモテのイラストを投稿されている北浦想さんという方がhttps://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75321334でおっしゃってるんですけど、このメッセージの前4行って加藤さんが自分自身に向けて発してるようなきらいがあるんですよね。もっと言うと、自分がかけて欲しい言葉を相手にそのままぶつけることで本心に気づいて貰おうとしてるんじゃないでしょうか。意識的にか無意識にかはわかりませんが。

思い返せば、加藤さんは今までも割とこういう欲求の表し方をよくしていました。最近だと喪155の「見る?」とかが顕著ですね。「見せて」とか「見たい」とは言わないんです。もこっちの成績表を見せて欲しいという気持ち、すなわちもこっちに「見る?」と言って欲しいことを変則的に叙述しているわけです。表現が素直じゃない所はゆりに、好意の返報性をアテにし過ぎな所は初期もこっちにも似ています。

個人的には、ネモと茜を仲直りさせた件でもこっちをやたら褒めちぎってたのも、本当は自分も頑張ってたということを褒めて欲しかったのかなと勘繰っています。もちろん、純粋に黒木さんを尊敬する気持ちが本物であることが前提ですが。

ともかくですよ。前段落で述べたことが真だとすると、このLINEのメッセージは「ごはんが食べられない。つらい。もう無理。常時電話したい。」という風にも意訳出来るわけです。こうなると最早SOSです。人前では努めていつも通り振る舞おうとしているだけに事態は見た目以上に切迫しているのかも知れません。

 

 

解禁


f:id:toraisou:20190622043136j:image

 

加藤さんといえばノローグが無いことが特徴的な人物でした。喪130で一応モノローグが出てはいますが、あれはキバ子が返信していないことを読者に伝える為の必要的措置なので、実質今回がモノローグ解禁回といえるでしょう。

これはドエライことです。これから加藤さんに切り込んでいくぞというニコ先生からの宣戦布告がなされました。今後加藤さんの内面が曝露されることで、それまで定説とされていた過去話における加藤さんの心情解釈が180度転換するおそれすらあります。

とりあえず、今回について言えることは、加藤さんのモノローグが意外と子供っぽいニュアンスだなということです。界隈には加藤さんはママか幼女かという議論がありますが、幼女説が一歩リードといった所でしょうか。ちなみに、私は手負いの巨獣説を推します。

ところで、p7〜9に渡って展開される回転やパーンを駆使した絵巻物の如き視点移動の踊るような滑らかスクロール感は漫画の教科書に載るべきレベルの技巧の極みであり、100回読み返しても味が続いてオススメです。そこから繰り出されるさも当然のようにキバ子の席に座ろうとする加藤さんは豹が飛びかかる寸前の躍動感と宗教画裸足の厳かな静謐さを兼ね備えて最強なので、タペストリーに加工して神棚に供えましょう。

(追記:加藤さんの一連のモノローグからは、あまり本気でそう思っていないような印象を受けました。深く考えないようにしてるというか。というのも、モノローグが出てるコマと比べて、ゆりネモの机に近づくコマとキバ子の椅子に座ろうとするコマ(天井に黒いオーラまで発生してる)で緊張感が飛躍的に高まっているからです。この時点では何ら加藤さんに不利な事情が発覚していないにもかかわらず。ゆうちゃんに電話してた件で目の色を変え過ぎなことも気になります。上げて落とす効果があったとはいえ、加藤さんが「避けられてる」可能性をある程度真剣に考慮していたのなら、ここまでの落差は生じなかったような気がします。ていうか、おそらく漫画的な都合なんでしょうけど、加藤さんは夜遅くに送られてきたメッセージを朝起きてから学校に来るまで一度も見なかったんでしょうか。あたかもこれが初見みたいなリアクションしてますけど。)

(追記:今思うと、アリジゴク触ってた時の加藤さんのアレ、限りなく素だったんでしょうね。もこっちが加藤さんを昆虫採集に誘ったらめちゃくちゃ楽しそうですね。物凄い無邪気に喜んでくれそうです。その勢いで相撲とかもやってくれませんかね。)

(追記:加藤さん幼女説に立つとこれまでの様々な出来事が腑に落ちます。たとえば、牛のキーホルダーや花冠をもらった加藤さんが大仰に喜んだ理由です。前者については自分の頑張りが認められたような気がしたから、後者については黒木さんがくれたからという理由も挙げられますが、それに加えて外見に不相応な低年齢向けプレゼントであったことも功を奏したのではないでしょうか。ごく普通の常識に照らして考えれば、加藤さんにこういった子供っぽいものをあげて喜ばれると考える人物はあまりいないでしょう。しかし、もこっちにそのような常識は通じません。普段周りから喪154の風夏のようなステレオタイプな見方をされがちな加藤さんからすると、もこっちが自分を属性から解放してくれた、一人の人間として見てくれたように感じたのかも知れません。)

(追記:後から書き加えてばっかりで申し訳ないんですけど、加藤さんってもこっちに同族意識みたいなものを抱いてる感じしませんか?喪146の「……私もね」の所とか。双方外見と中身にギャップがあり、誤解を受けてきたという共通点があるんですよね。そう考えるとイヤホンとヘッドホンの交換はいかにも両者の結びつきを象徴する行為のように見えます。イヤホンとヘッドホンは形こそ違いますが、本質においてほとんど差はありません。誤解されやすさという点におけるもこっちと加藤さんも同様です。喪146公開当時は同じメーカーのものを交換する意図が全くわからなかったのですが、今ならわかるような気がします。そして、同族であるはずのもこっちが自分に出来ないことを易々と成し遂げてしまうのだから、そりゃあ加藤さんもゾッコンになるでしょう。立ち位置的には完全にお姉様ですからね。)

 

 

いま、会いにゆきます


f:id:toraisou:20190622045638j:image

 

電話がかかってこない→時間が無かった(仕方ない)と解釈する余地を完全に潰されてこの眼です。加藤さんの白眼については、それが表すのは怒りか悲しみかという議論がありますね。度々引用して申し訳ないんですが、先程ご紹介した北浦想さんはhttps://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75334420にて加藤さんの目が光るのは「感情を押し殺している」時とおっしゃっています。

大体似たようなものかも知れませんが、私は沸騰とかCPU使用率100%みたいな混乱に近いイメージで捉えてます。いずれにせよ決壊寸前ということは確かです。加藤さんは感情が砕け散るのを避ける為に行動を起こさなければなりません。幸いもこっちが出現する場所も時間も伊藤さんから入手済です。次回もこっちがどうなるかは明白でしょう。

 

父性


f:id:toraisou:20190622053201j:image

 

パンフレットの質感のせいか、このコマの吉田さんって新聞を読むお父さんみたいに見えませんか?車で遊びに連れて行くことをねだられるポジションというのもお父さんぽいですし、ここ最近の吉田さんのもこっちを見る目はどうも父親的であるように感じられます。

喪155でも、過干渉、甘やかし、乳房を向ける(正面から対峙)といった加藤さんの母性ムーブに対して、詮索しない、体罰、背中を見せる(バイク二人乗り)といった吉田さんの振る舞いはいかにも父性を感じさせる対比になっています。嫁(真子)に叱られてちょっとたじろぐ感じも昭和のお父さん的といえる気がしなくもないです。だからどうしたという話ではありますが。

(追記:母性とか父性とか抜きにして、吉田さんの優しさって今江先輩のそれに近いですね。修学旅行の最終日の「いや…」がまさにそうです。ゆりのリアクションとの対比その他諸々の描写からすると、吉田さんはもこっちが出奔した理由をわかった上で恥をかかさないようにとぼけてるわけです。でも、そういう優しさを吉田さんは誰にも悟らせないし、もこっちも未だにはっきりとは気づいていません。喪98なんかもそうですね。見返りを求めるとか求めない以前の話です。喪155でもこっちが加藤さんのオッパイは揉めなかったけど吉田さんのオッパイは揉めたことの理由もこの辺りにありそうです。吉田さんや加藤さんとの関係から、もこっちが「与える」という行為について理解する時期がそろそろ迫っているような気がします。)

 

 

もこっちの口から「卒業旅行」という言葉が出たのもなかなかの衝撃でしたね。ファンタジー小説の終盤で「約束の地」を意味する単語が出てきた時にも通ずる感慨があります。

まあ、しかし、そんな未来のことより直近の次回のことです。既に我々の脳を焦土と化すに十分な爆弾がバラ撒かれています。投下されたということは地球に引力があることからして、必ず着弾の瞬間が訪れるということです。それはおよそ今日から12日後となる見込みです。

私はこれから本屋さんにガンガンJOKER7月号を買いに行きます。『トモモテ』を読むことで抵抗力を上げ、少しでも生存確率を高めようという算段です。皆さんも買って下さい。そして、また次回の更新後に生きてお会い出来ることをお祈り申し上げます。(了)